野山にこだまする不思議な声。その主は、ホンドギツネかもしれません。
キツネには、多彩で意味深い鳴き声のレパートリーがあります。今回はホンドギツネの鳴き声の種類と、それがどんな行動と結びついているのかを探っていきましょう。
繁殖期の鳴き声:冬の森に響くラブコール
オスの「コンコン」はメスへの呼びかけ
冬の夜、森に響く「コンコン!」という短く連続した鳴き声。それは、オスのホンドギツネがメスに向けて発する求愛の声です。この声には、つがい形成だけでなく、自分の縄張りを示す役割も含まれています。
🦊オスだけでなくメスも「コンコン」と鳴くこともあるそうです。実際に、メスのキツネのキナコちゃんが僕の部屋の前で「コンコン」と鳴くことが度々あります。それは、まるで僕を呼んでいるように聞こえます。
もしかすると、オスに限らずメスも自分の存在を知らせるときに使っているのかもしれません。
メスの「ギャーッ」は恋のサイン
一方で、発情したメスは人間の悲鳴のような高く鋭い声を発します。通称「ヴィクセン・スクリーム」。これはメスが発する求愛のサインであり、オスに自分の存在を知らせています。
交尾時の声は強烈な叫び
つがいが巡り合い交尾が始まると、さらに鋭く激しい声が交わされます。これは緊張や痛みへの反応とも言われ、野外ではこの声が交尾の合図になることもあります。
縄張り争いと闘争:声で勝負を仕掛ける
吠え声で存在をアピール
縄張りを主張するとき、キツネは犬の遠吠えにも似た「ワンワン」「フォンフォン」といった声を出します。特にオスは繁殖期にこの声を繰り返し、他のオスを牽制します。
🦊以前、キツネたちの巣で撮影をしているとき、一匹のキツネが僕を見て「ワン!」と大きく吠えました。すると、そのキツネは吠えたと同時に身を隠すように茂みに隠れ、また、まわりで遊んでいたこぎつねも慌てて巣穴の中へ逃げ込んでいました。
それは、僕への威嚇と牽制であり、そして、まわりに危険を知らせる意味があるのかもしれません。
ゲッカリング:小競り合いのサウンド
激しいじゃれ合いや小競り合いの際には、「ギャギャギャッ!」という断続的な声が飛び交います。これは英語で“ゲッカリング”と呼ばれ、興奮した状態の現れです。子ギツネの遊びの中でも聞かれることがあり、社会性の学習に関わっています。
うなり声で直接威嚇
至近距離での対立や外敵との遭遇時には、喉の奥から絞り出すようなうなり声を発します。歯をむき出して発せられるこの声は、視覚的威嚇とセットで相手を退けようとするサインです。
危険を知らせる警告音:緊急時のシグナル
「フォンフォンフォン」で仲間に警告
不審な音や気配を察知したとき、短く繰り返される「フォンフォンフォン」という声が響きます。これは仲間に危険を知らせるサインで、子育て中の母ギツネがよく使います。
「ギャーーン!」で即時退避
外敵の接近を察知すると、母ギツネは「ギャーーン!」という鋭い悲鳴のような声を発し、子ギツネたちに「隠れろ!」と警告しています。この一声で子ギツネたちは瞬時に物陰へ逃げ込みます。
親子の会話:優しさのこもった鳴き声
親の「グググ…」は食事の合図
獲物を運んできた親ギツネは、巣穴の子どもたちに「出ておいで」と合図するため、「ググググッ」という唸るような声を出します。口に獲物をくわえたままでも出せる、実用的なサウンドです。
🦊実際に僕が撮影しながら聴いた鳴き声は、「クーックッククック」という喉を鳴らすような高い鳴き声でした。10mも離れると人の耳では聞き漏らしそうな小さな鳴き声ですが、それを聴いたこぎつねたちはもの凄い勢いで親のもとへ集まってきます。
子の「ミーミーミー」は甘え声
子ギツネは親に甘えたり要求を伝えるときに、「ミーミーミー」と、か細く鳴きます。服従のサインとしても使われ、親子や兄弟間の関係性を築くコミュニケーションの一環です。
🦊「…キューッ…」と、とてもか細く聞こえることもあります。そんなときは、母親の前にゴロンと寝そべったり寄り添って、甘える姿がとても微笑ましいです。
兄弟げんかにも声が飛び交う
兄弟同士のじゃれ合いでは、小さな「ギャッギャッ」や「クーン…」といった声も聞こえます。成長過程における社会性のトレーニングとして、これらの鳴き声は重要な役割を果たしています。
他のキツネとの比較:キタキツネとの違いは?
基本的な鳴き声は共通
ホンドギツネはアカギツネの一亜種で、北海道に生息するキタキツネとも鳴き声の基本構造はほぼ共通しています。
鳴き声の頻度に違いも
ただし、開けた北海道の原野では鳴き声が遠くまで届きやすく、頻繁に聞こえます。一方で、本州の里山では人間の気配があるため、キツネは鳴く頻度を抑える傾向があります。
アカギツネ属は音声豊かな種族
世界のキツネの中でも、ホンドギツネを含むアカギツネ属は特に鳴き声が多彩です。
フェネックギツネやホッキョクギツネに比べて、音声によるコミュニケーションが発達している点が大きな特徴です。
🦊いままで僕が実際に聴いたことがある鳴き声は、6〜7種類ですが、もっと多い数十種類を使い分けているという情報もあるようです。
おわりに
ホンドギツネの鳴き声は、恋、警戒、親子の絆――いろいろなシチュエーションに合わせて、多彩な鳴き声を使い分けています。
季節によって、状況によって変わるその鳴き声に 耳を澄ませてみれば、彼らの生きるリズムが少しだけ見えてくるかもしれません。
コメント